貧困問題を知る


現代の日本における深刻な社会問題の一つに、「子どもの貧困」があります。テレビや新聞などメディアでも盛んに貧困問題が提起され、「日本の子どもの6人に1人が貧困状態にある」と伝えられています。

しかし、身の周りにそのような子どもを見かけないという「見えない貧困」が、問題解決を難しくしています。まずは「見えない貧困」を知ることから、そして身の周りの貧困に気づくことから始めてみませんか?

 

相対的貧困は見えにくい

日本の子どもの貧困は「絶対的貧困」ではなく「相対的貧困」です。いわゆる発展途上国などで見られるような生存に関わる絶対的貧困に対して、食生活も服装も一見普通に見える相対的貧困は、周囲から気づかれず見えにくいのが難点です。

しかし、一見不自由なく暮らしているように見えても、実は家計に余裕がなくギリギリの生活を強いられ、部活動や学習塾、修学旅行や娯楽など「他の子が当たり前にできることが自分にはできない」という絶望感を抱いていることが少なくありません。この絶望感は大人が想像する以上に深く、子どもの健全な成長において非常に大切な「自己肯定感」を損ねてしまう危険性があります。

「子どもの相対的貧困率」は2012年には過去最悪の16.3%(※)となり、子どもの6人に1人、実に約325万人の子どもたちがこの日本で貧困で苦しんでいます。さらに、ひとり親世帯の相対的貧困率54.6%は、2人に1人が貧困状態にあることを示しています。

※ 平成25年 国民生活基礎調査(厚生労働省)
※ 平成29年 国民生活基礎調査では13.9%となり、子どもの7人に1人が貧困状態にあります。

 

「見えない貧困」の声が届いています

貧困問題を扱うニュースが増えていますが、身近で困っているお母さんに出会うことも、助けてという声を聞くことも少ないのではないでしょうか?

おてらおやつクラブ事務局には、テレビや新聞、クチコミなどで活動を知ったお母さん・お父さんから、切実な声が日々届いています。既存のセーフティーネットから漏れ落ちたような、まさに「見えない貧困」の渦中にある方の声が聞こえてきました。

  • パートの6〜10万円と児童扶養手当、児童手当だけでは生活していくのがいっぱいいっぱいで、娯楽費や交際費はもちろん、食費まで削られている状況です。一番下の子が小学校に上がるまではギリギリの生活が続きそうで、どうにか頑張っていきたいと思っていますが、もし可能ならば、子どもたちのために少しでも援助いただければ幸いです。
  • 私は2人の子どもを育てるシングルマザーです。でも、相談すべきなのか…悩みました。
    児童扶養手当をいただいて生活をしていますが、両親がいる家庭と同じようにしてあげたくて、可能な限りのことをしているつもりです。だから周りからみると、シングルでも苦しそうじゃないって思われているかもしれません。だから、こんな私が連絡するのはどうなのかなって、躊躇してしまいますが…
  • 4月から中学3年の娘。周りはほとんど塾に通っています。私が住む近隣の場所で、無料の学習塾があればいいのになぁと思います。お金のことを抜きにして、娘が夢を諦めることのないように、頑張るしかないです。
  • テレビで活動を知りました。私も1人で小学生2人を育てているシングルマザーです。今年で離婚してから6年目で、離婚直後は小さかった子どもたちもすっかり大きくなり、食費が家計を圧迫していることを痛感しています。野菜やお肉など物価も高くて急に不安になってきました。支援を受けることは出来ますか?

 

実感できない貧困問題

「この豊かな日本に本当に貧困問題があるのか?」という意見もよく耳にします。しかし、それこそがまさに「見えない貧困」が「見えていない」ことに他なりません。

確かに実感をもって貧困に向き合うことは簡単ではありませんが、多くの調査で子どもの貧困が過去最悪の水準になっているという現実を受け止め、まずは「貧困問題があることを認める」ことから始めましょう。そして今すぐに解決のために行動を起こすことが求められています。

 

「貧困」=「貧乏」+「孤立」

おてらおやつクラブが考える貧困とは、貧乏(経済的困窮)と孤立(社会的孤独)の二つが合わさったものと定義しています。貧乏だけでは必ずしも決定的に困窮するわけではなく、そこに孤立が重なると「助けて」と言えずに一気に困窮状態に陥ります。

おてらおやつクラブでは、お寺からのおすそわけを通して「孤立」からの解消を目指しています。貧乏はもちろん大変つらいものですが、孤立を防ぎさまざまな支援の手と繋がることこそ、子どもの将来にとって重要だと考えています。

つまり、おやつを届けるという単なる経済的支援にとどまらず、おやつによって支援団体と子どもたちの関係が深まり、「見守ってくれる人がいる」という思いによって孤立が解消されることを願っています。