【事務局だより】手書きの文字の温かみ


おてらおやつクラブ理事の野田芳樹です。
日ごろ私は、愛知県春日井市という町にある林昌寺の副住職として勤めています。
おてらおやつクラブの中での主な役割は広報担当ですが、もう一つお役目が。

それは「筆耕(ひっこう)」です。
事務局から送りする手紙や、寄付の返礼品である伝道ポスターなどを書かせていただいています。

私は小さい頃から字を書くことが好きで、今でも書道の稽古に通っています。そう話すと、

「今のご時世、パソコンを少し打てば誰でもキレイな字をこしらえることができるのに、どうして手で書くのか? 時間の無駄じゃないか?」

と言う人もいます。一理ありますね。

でも、なぜ私が手書きが好きなのかといいますと、手書きの文字には書き手の息づかいと温もりを感じるからなんです。手書きの字を見ると、何となくその裏側に人の存在を感じてほっこりする、と感じる人は多いのではないでしょうか。

文字を書く時には、相応に時間を使います。その時間をムダなものととるか豊かなものととるかは人それぞれですが、私の場合は自分自身を見つめたり、書いている相手へ想いを馳せる大切な時間と捉えています。

ところで、おてらおやつクラブの「おすそわけ」には必ず「おすそわけ送付状」というお手紙が入っています。
今目の前に届いた「おすそわけ」がどこの誰から送られて来たのかが分かるようにするという役目のみでなく、手紙の最後にはひとことメッセージを書くスペースが。

少し時間をとって送り先の相手にかける言葉をさがすうちに、受け取り手の様子に自然と想像力がはたらき、困っている状況を慮るきっかけに。
そうして紡ぎだされ、直筆でしたためられた言葉にはどこか温かみがあり「誰かが側にいてくれる安心感」を醸しだします。

実際に私も自分のお寺からの「おすそわけ」に送付状を書いて送っているのですが、こんな声を頂いたこともあります。

皆さんからのメッセージを見ると、元気がわいてきます。食べ物も嬉しいですが、それ以上に気遣ってくれる言葉が嬉しくて、「自分はひとりじゃないんだなぁ」って思えます。これからも楽しみにしていますね!

日本の子どもの貧困問題の大きな課題は、見えにくく傍目には窮状を察しづらいというところにあります。
見えにくいがゆえに、困っている人に対して想像力をはたらかせにくい。困っている人の目線から言えば、今の日本社会においては「助けてほしい」というメッセージが受け取ってもらいにくく、孤立を深めやすい土壌になっているとも言えるでしょう。

だからこそ、一人ひとりが少しずつ立ち止まって、困っている方のことに想いを馳せる時間が大切だと思うのです。
その意味で、丁寧に時間をとって手書きで想いを紡ぐということには大きな意味があると考えています。

多くの方の、小さくとも大きな思いやりの積み重ねが少しずつ子どもの貧困問題をほどいていってくれることを信じて、私自身これからも字を書き続けます。